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Mc.OKAZAKIのミリタリーよもやま話 その3

前線では戦えない、欠陥だらけの空母「レンジャー」

今日のお題は第2次大戦中のアメリカ空母「レンジャー」です。

「レンジャー」は実験空母「ラングレー」、巡洋戦艦から改造された大型空母「レキシントン」「サラトガ」に次いで4番目に建造された空母で、アメリカ初の“始めから空母として造られた”空母です。
当時はワシントン軍縮条約の制約から、既に大型空母2隻を保有していたアメリカは排水量15000t程度の小型空母1隻しか造れなかったのですが、その枠内で出来るだけ多くの艦載機を積める空母を造って、数の不足を補おうとしたのです。
こうして生まれたのが「レンジャー」でした。排水量14500tの軽量にして、全長は234・5mと、日本の中型空母「飛龍」よりも長い船体でした。搭載機数はなんと86機。これは排水量25700tの日本の大型空母「翔鶴」型よりも多い搭載数でした。

しかし、軽量にも関わらず全長が長く、しかも多くの搭載機を載せられる事に主眼を置いた為、「レンジャー」は大きな物を犠牲にしました。ズバリ、“防御力”です。
「レンジャー」の飛行甲板の装甲厚はなんと25_しかありませんでした。これは、戦闘機の機銃掃射で穴だらけになるというものです。舷側の装甲も最も厚い所で51_。魚雷なんて食らったらひとたまりもありません。さらに、搭載機が多いと言う事は、それだけ航空機用のガソリンと爆弾・魚雷を多く積むという事で、敵の攻撃を受けると非常に危険な艦となってしまったのです。
対空武装も貧弱で、最終状態でも高角砲8門、機銃48門と、その長い船体を覆うにはあまりにも少なかったのです。それに加えて艦の軸が狂っていたのか縦揺れが酷く、荒天下では艦載機の発着が出来ませんでした。速力も29・5ノットと艦隊型空母としてはやや低めであった事もあり、太平洋戦争初期は、大西洋方面で北アフリカやノルウェーの上陸支援任務に付いていました。

しかし太平洋戦線は大激戦となりました。アメリカ軍は珊瑚海海戦で「レキシントン」を、ミッドウェー海戦で「ヨークタウン」を、潜水艦の攻撃で「ワスプ」を、そして南太平洋海戦で「ホーネット」を立て続けに失い、さらに「サラトガ」が潜水艦の攻撃で大破し本国に修理のために帰還。前線に立てる空母が「エンタープライズ」ただ1隻となってしまったのです。日本軍はミッドウェイで大敗したとは言え、今だ「翔鶴」「瑞鶴」の大型空母を有しています。
そこでアメリカは「レンジャー」を太平洋戦線に投入・・・しなかったのです(゚Д゚;)ガーン
前述の通り、「レンジャー」はとても危なっかしい空母だったため、百戦錬磨の日本機動部隊と戦わせるなんてもっての他、と考えたのです。結局アメリカはイギリスに支援を求め、一時的にイギリス空母「ヴィクトリアス」が太平洋戦線に立つ事態となったのです。

翌年にはアメリカの総反撃の基幹となる大型空母「エセックス」級が続々と就役して、太平洋戦線は一気にアメリカ有利となっていくのですが、それまでの最大の国難とも言える時期に、他国の艦に頼らねばならない程使えなかった「レンジャー」の存在に、当時のアメリカ軍司令部は歯がゆい思いをした事は想像に堅くないですね(^_^;

結局「レンジャー」は1944年には第一線を退いて練習空母となり、そのまま無傷で終戦を迎えたのでした。懸念された防御力の不備を露呈する事なく・・・。

(2003・3・17)

 

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