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Mc.OKAZAKIのミリタリーよもやま話 その19

エースパイロット×最新鋭機『紫電改』=最強部隊?
 〜343空“剣部隊”の意外なスコア

今日は久々に軍ネタを。随分前に予告だけしていた343空のお話です。

どんな戦争でも英雄的な活躍をした部隊の、美談のような伝説ってのがあったりします。太平洋戦争末期の日本にも、押し寄せる米軍の圧倒的物量に、熟練のエースパイロットと新鋭機で編成された部隊が一矢報いた、という伝説があります。それが愛媛県松山の343空“剣部隊”です。

多くの熟練パイロットを失っていた日本軍が、ラバウルやサイパンといった最前戦からの希少な生き残りのエース達を集め、「源田サーカス」の異名を取った伝説のエース・源田実大佐の下に結成されたのが343空でした。配備された機体は、米軍の主力艦載戦闘機F6Fヘルキャットを凌ぐ性能を持った最新鋭機『紫電改』。とりわけ昭和20年3月19日、松山上空での大空戦では、355機の米軍の艦載機集団に襲い掛かり52機を撃墜、味方の損失15機という華々しい戦果を挙げ、都市伝説的に現代までその栄光は語り継がれています。

し   か   し

当時の正確な資料が入手出来るようになった現在では、その戦果が眉唾だった事が明らかになって来ました。
何しろ当時の撃墜数は自己申告制。自分の戦果を過大に報告するのは日常茶飯事でした。ここで米軍の被害実歴(実際空母に帰って来なかったリスト)と照らし合わせるとその被害実態が明らかになる訳ですが、3月19日の空戦における米軍の実害は、

被撃墜×8機
不時着水×1機
海上落下傘降下×1機
着艦後機体廃棄×4機

の計14機にしかならないのです。しかも343空が直接撃墜を確認出来たのは僅か8機・・・どこをどう見間違えれば52機になるのか(^_^;
日本側の損害15機というのは全てパイロット名まで把握出来る正確な資料なのでこれは間違いないのですが、そうなると結局直接の空戦撃墜数は8対15で、実は343空の敗北だったという事になってしまいます。

ついでに343空の結成から終戦までの総撃墜・被撃墜数の数を弾き出して見ると、

総撃墜数:38機(うち、B-29は6機)
被撃墜数:96機

と、いった数字が上がって来ます(何しろ当時の資料なので完全に正確とは言い難いですが)。トリプルスコアに近い形で343空は損失を重ねていたのです。

一体なぜこのような事になってしまったのか?それは当時の戦闘記録やその他の悪条件から容易に結論が出ます。
まず一番大きいのが
@米軍と343空の戦い方の違い
冒頭に述べた通り、343空は空戦のベテラン揃い。それだけにスタンドプレイに走り易く、1対1の一騎討ちに持ち込もうとする傾向が強くありました。一方米軍は連携プレイでこれに対抗。隊内無線の性能差も大きく、日本軍の無線は殆ど役立たずだったのに比べ、米軍は「トニー!後ろから1機迫っているぞ!」とか「真上に雲がある!中に逃げろ!」とかの指示が出来、それが戦果に大きく影響したのです。
A機体燃料の差
これ、意外と忘れられがちなんですが非常に重要です。米軍が潤沢な資源を背景にしているのと対照的に、当時の日本軍はジリ貧もいいところ。航空ガソリンも入手が困難な上に、連日の空襲で精油所が攻撃されて質も劣悪。折角の新鋭機『紫電改』も、その性能を十分に発揮出来ない事が多かったようです。
Bその他
343空が“守り”の立場にある以上、戦略的なイニシアチブが米軍にあったり、整備士も不足していて万全な状態で出撃出来ない不利、レーダーの差による索敵能力差、そして如何ともし難い圧倒的な数の差・・・

最新鋭機を配備したベテランパイロット部隊でも実績が上げられない日本軍は、飛べるだけの腕(着地出来なくても良い)+爆弾さえ積めれば良い機体で、語弊はありますが“手軽に”大きな戦果を挙げる事が出来る特攻へと、作戦の比重を傾けて行くのでした・・・


参考資料:★陸奥屋★さん
http://www003.upp.so-net.ne.jp/wowow262/

(2006・3・6)

 

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