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Mc.OKAZAKIのミリタリーよもやま話 その30

悪魔の兄弟を運んだ報いを受けた? 
重巡インディアナポリスと乗組員の悲劇

お題は米重巡『インディアナポリス』。アメリカ本国から、B−29の日本本土爆撃基地があったテニアン島へ原子爆弾を運んだ事で知られる艦です。

『インディアナポリス』は1932年11月に竣工。太平洋戦争開戦時は艦齢9年と、旧式艦とは言えないまでも、新型艦とも言えない微妙なお年頃。しかし丁度ロンドン軍縮会議の制限を受けた設計だったために、小さめの船体に大型の砲塔や高い艦橋を設置したため、船としては重心が高い(トップヘビー)傾向がありました。

開戦時から太平洋艦隊に所属していた『インディアナポリス』は、南はソロモン海から北はアリューシャン列島まで駆け回り戦果を重ね、1943年11月に開始された日本への総反撃作戦では、太平洋艦隊の主力であるスプルーアンス提督の第5艦隊旗艦の栄誉を担いました。
南方諸島攻略、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦、硫黄島攻略戦と、旗艦として米艦隊の指揮を取って来た『インディアナポリス』ですが、1945年3月31日に沖縄攻略戦で神風特攻隊の洗礼を受け、艦尾に1機の突入を許します。これが『インディアナポリス』の運命の天秤を大きく動かすきっかけになりました。

スクリューの一部を破損した『インディアナポリス』は、洋上で工作艦による修理を試みますが、作業中に工作員がスクリューを海底に落としてしまい、やむなく旗艦を戦艦『ニューメキシコ』に移して、アメリカ本土へ修理のために帰還する事になりました。
そして修理を終えた1945年7月16日、本土を出港して再び前線に赴く『インディアナポリス』に、極秘の輸送任務が託されました。それは完成した世界初の原子爆弾2発を、B−29の基地があるテニアン島へ運ぶ事でした。
7月26日、『インディアナポリス』は無事に輸送任務を終えます。周知の通りこの2発が広島と長崎で35万人もの人命を奪う事になるのですが・・・

7月28日、『インディアナポリス』はテニアン島からフィリピンのレイテ島への移動を命じられます。テニアン島とレイテ島の位置関係は上の地図の通り。極秘任務だったために護衛を率いていない『インディアナポリス』は、この時も1隻での移動を強いられました。それでももう終戦まであと20日というこの時期、既に日本軍は壊滅的な打撃を受けていて、まともに反撃する力も残されていないと思われていました。
しかしこのテニアン〜レイテの線上に、日本の潜水艦が最後に米軍に一矢報いるために潜伏していたのです。『伊58』潜水艦です。

7月30日深夜、単艦で航行する『インディアナポリス』を発見した『伊58』は魚雷6本を発射。うち3本が命中して大爆発を起こした『インディアナポリス』は、命中から僅か12分で転覆沈没してしまいました。これは冒頭に述べたトップヘビーな船体が影響したとも言われています。

乗員1,199名のうち、約300名がこの攻撃で戦死し、残された900名は海上に漂流する事になりました。しかし極秘任務中だったために『インディアナポリス』の沈没に気付く者がおらず、偶然哨戒機に発見されるまで彼らは5日間も海面を漂う事になったのです。
沈没時に生存していた900名のうち、救助されたのは316名にすぎませんでした。水、食料の欠乏、海上での体温の低下、それらが誘因の幻覚症状、気力の消耗、そして度重なる鮫の襲撃・・・彼らは広島・長崎の市民に先立って地獄の苦しみを味わいました。

艦長のチャールズ・B・マクベイ3世大佐は生き残りました。しかし日本の潜水艦に対して無警戒だった事を戦後咎められて裁判にかけられました。これは異例の事でしたが、日本からは『伊58』の艦長だった橋本以行元少佐まで証人として召喚され、マクベイ大佐は有罪となりました。しかも遺族からの非難が集中し、耐えられなくなったマクベイ大佐は1968年、『インディアナポリス』沈没から13年後に自殺しました。

マクベイ大佐の嫌疑が晴れたのは何と2000年、クリントン政権の時代です。同年、『伊58』の元艦長・橋本氏も90歳の生涯を閉じました。彼は最後まで「原爆を降ろす前に『インディアナポリス』を撃沈出来ていれば、広島・長崎の悲劇を防げたのに・・・」と悔やみ続けていたそうです。
『インディアナポリス』は日本軍が最後に撃沈した米軍艦艇となりました。原爆投下の裏には、このような運命の悪戯があったのです。


余談ですが、鮫に食われる・・・というと映画『ジョーズ』を思い起こしますが、あの映画でジョーズに立ち向かうメンバーの1人である漁師は、元インディアナポリス乗組員という設定だったりします。
『インディアナポリス』沈没は、アメリカ人に鮫の恐怖を植え付けた事件でもあったのです。

(2009・10・1)

 

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